いま、なぜ「悲しみに寄り添う力」なのか
私たちが生きる今の時代は、とてもスピードが速い。
うまくいっている人、前向きな言葉、キラキラした日常がSNSに溢れていて、悲しみや弱さは「隠した方がいいもの」のように扱われがちです。
でも悲しみは、弱さではありません。誰かを大切に思った証であり、自分を大切に生きてきた証です。
社会のなかの “見えない孤独”

表向きでは明るく振る舞っていても、心のなかでは悲しみがそっと居座っていることがあります。
・大切な人との別れ
・人間関係のつらさ
・健康や働き方の変化
・将来への不安
・喪失感の正体がよくわからない悲しみ
悲しみを急がされる社会のなかで、多くの人が「悲しむ余白」をなくしてしまっているように思います。
寄り添うとは “何かをすること”ではない
私は緩和ケア病棟で、多くの患者さん・ご家族の悲しみに触れ、教えていただきました。
寄り添うとは、正しい言葉を選ぶことでも、悲しみを和らげる方法を教えることでもありません。
その人のペースで、その人が感じている悲しみを、ただ一緒に見つめること。言葉よりも、「そこにいる姿勢」が支えになることを何度も教えていただきました。
寄り添いは、スキルではなく “あり方(being)” です。

誰でも寄り添う力を育てられる
寄り添うことにスキルはありません。
・評価せずに聴く
・急かさない
・悲しみを否定しない
・「ここにいていいよ」と伝える
・沈黙を怖がらない
これだけで、人は安心して心を開けるようになります。
寄り添う力は、人を元気にする“静かなエネルギー”です。
わたしの願う社会のかたち
悲しみを語れる場所があると、人は生きる力を取り戻します。
私は、これからもその場をつくり続けたい。
そして誰かと誰かが、互いの悲しみをそっと受け止め合える社会になりますように。

