悲しむ人であること 〜グリーフケアが大切にしている「立ち直らなくていい時間」〜

悲しむ人であること

私たちは、悲しむことをうまく教わらないまま大人になります。「前を向いて」「時間が解決するよ」「あなたが悲しんでいたら周りが辛いよ」

善意からかけられる言葉の多くは、悲しみを“早く終わらせるもの”として扱います。けれど私は思います。 悲しみは、消すものではなく、共に生きていくものだということを。

目次

悲しみは、弱さではない

悲しむ人は、弱い人ではありません。 むしろ、大切にしてきた証を生きている人です。

人は、どうでもよいものを失っても深くは悲しみません。 深い悲しみが生まれるのは、

・愛していた
・守りたかった
・共に時間を重ねた

そうした関係が、確かに存在していたからです。
悲しみは、愛の裏返し。 悲しむ人であることは、人として誠実であることでもあります。

「立ち直る」ことを急がなくていい

グリーフケアの過程に、正解のスピードはありません。 泣く日もあれば、何も感じない日もある。 昨日は話せたのに、今日は言葉が出てこない。

それでいいのです。

悲しみには、波があります。 押し寄せては引き、また形を変えて戻ってくる。 それは後退ではなく、行きつ戻りつしながら統合されていく過程です。

「もう大丈夫?」と問われるたびに、 自分の心が置き去りになる感覚を抱いた人もいるでしょう。

大丈夫でなくてもいい。 悲しむ人である時間を、自分から奪わなくていいのです。

語れない悲しみも、確かに存在している

グリーフは、死別だけではありません。

・関係性の喪失
・期待していた未来の喪失
・健康・役割・居場所の喪失

外からは見えにくい悲しみほど、 「そんなことで?」と否定され、孤独になりがちです。

語れないから、存在しないわけではない。 言葉にならないから、浅いわけでもない。

沈黙の中にある悲しみにも、耳を澄ませる必要があります。

悲しみと共に生きる、という選択

時間が経つと、悲しみは形を変えます。 痛みが消えるというより、 人生の風景の一部として、静かに佇むようになる

悲しみがあったからこそ、 見えるようになった世界があります。

・人の痛みに敏感になった
・命の儚さを知った
・今ここを大切にしたくなった

それは、悲しみが人生を深めた証でもあります。

最後に

もし今、あなたが悲しむ人であるなら。 そのあり方を、どうか否定しないでください。

悲しむことは、あなたが人として生きている証。 そして、愛してきた証です。

悲しむ人であること。 それこそが人生の深みなのかもしれません。

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Profile

管理栄養士
臨床傾聴士
食物栄養学修士
PNTトレーナー
分子栄養学カウンセラー
アスリートフードマイスター

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